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乳がん闘病記

乳がん闘病記(5)12週のパクリタキセル投与開始、当時の副作用等

前回までの乳がん闘病記

前回までのブログでは乳がん初発の診断から日本に移動し、乳房全摘出手術、センチネルリンパ節生検の結果リンパ転移無しとわかり、その後の細胞検査の結果、やはりアメリカでの診断結果と同様トリプルネガティブ乳がんとわかったところまでを書いていきました。

今回はその後、退院し、抗がん剤の治療を開始するところまでを書いていきたいと思います。

妻は乳房全摘出手術のあと確か、1か月半くらいかそれくらいした時から毎週のパクリタキセル12回とAC4回の抗がん剤投与をすることが決まっていました。

妻に出たパクリタキセル副作用等

パクリタキセルにはいくつか副作用があると思いますが、例えば脱毛、しび( 末 梢 神 経 障 害 )や関節痛、白血球減少、関節痛、筋肉痛、アレルギー等があると思います。

妻の場合どれも漏れなく副作用として起きていました。

アレルギー

妻が最初のパクリタキセルの投与をするときには私も仕事を休んで同行しました。

これはアレルギーというのかわかりませんが、妻は最初のパクリタキセル投与時、若干のショック症状みたいなものなってしまい、ちょっと看護師さんの対処も遅れていたら結構大変なことになっていたかと思います。

看護師さんが投与を始めて、離れ、1から2分くらいした時に妻の顔がどんどん赤くなっていき、息苦しいと言いだしたのです。

ちょっとパニックになっているようで私が直ぐに看護師さんを呼びにいって、看護師さんが点滴を直ぐに抜いてくれ、みるみる妻の顔色は戻りましたが、一人でいて、「なんかおかしいな」と思っているうちにパニックになったらきっとナースコールもなかなか呼べないんではないかと思いました。

看護師さんが言うには「たまに同じような反応しちゃう方いますよー」とのこと。10分くらいおいてから再度パクリタキセルを投与しましたが、その後はなんにもなく終了しました。帰り道は「なーんだこんまものか(そんな直ぐに副作用はでません。)」と二人で話して帰ってことを覚えています。

髪の毛

髪の毛については確か5回くらい抗がん剤治療を行った後あたりから一気に抜けはじめ、1から2週間で殆どが抜け落ちました。殆ど抜けるのですがなぜか最初っから最後まで数百本は残っていました。妻はバリカン等であえて切ることなく、ごくごく自然にその数百本残った髪の毛を大事にしていました。

髪の毛だけでなく全身の毛が抜けるので、妻は肌が超サラサラになった!と喜んでいたりもしました…。

乳房全摘出手術後の回復期間、抗がん剤が開始されるまでにウィッグ(かつら)を買いに行くことをお勧めします。

爪が黒くなり剥がれる

髪の毛の他で特にひどかったのが、爪ですかね。妻も一番当時つらかったのが爪だったと言っていました。妻が剥がれて何をするのにも痛い、例えば靴下を履くのにも息子の着替え等を手伝ったりするのにも悲鳴を上げてやっておりました。もちろん私も家事を行っていましたが、妻もできる限りの事はやりたいと無理をして色々と家事もこなしていました。

これは私や他の家族から見ると一番痛々しい副作用でした、爪って少し深爪や少し乾燥して剥がれたりしただけでもあんなに痛いのに剥がれ落ちるって…。想像しただけでも痛すぎます、私なら耐えられません。本当に妻は強かったです。前にも書いたかもしれませんが、妻は元々人一番痛いのとか怖いのが苦手で臆病なところがありますが、この乳がん闘病を通してとてつもなく強くなっていきました。

ACが始まるまでは結構動けていました

妻の場合はパクリタキセルの時はまだ結構動けていました。例えば月曜日にパクリタキセルを投与したとして、水曜日くらいにだるさのピークで木曜から日曜までは結構元気に活発に動けていました。といっても先にACがあるのを見越してかなり我慢して無理をしていたのだと思います。

妻のブログメモから↓

「副作用は辛いには辛かったが、これで命が助かるなら楽なくらいだと思った。命が助かるならと思うと、胸がなくなったって、髪が抜けたって、少しも悲しくはなかった。」

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